2010.03.17 Wednesday


久しぶりに見るドアの前に立つ―


「ただいま戻りました、伯爵」

侍女のミネットさんがドアを開けると
椅子にかけたヴェルニエ伯爵が
静かにこちらを振り帰った



一週間にも満たない僅かな暇を
申し出たのは数日前のこと

エグレッタの現当主・マクシミリアン様は
私の行き先の意味に感づいてはいたようだが

小さく笑っただけで、余裕の態度で
許可を出してくださった。




「執事のリュシアンさんが館を去りました。
それと・・

まもなく、マクシミリアン様の妹君
シャルロッテ様が館にいらっしゃるそうです」




先ずのおおまかな報告に目を細め
そうか・・、と一言漏らす伯爵

館付きの使用人が去るという事実は大きい。
そして、マクシミリアン様の妹君の件・・。

詳細を話しだし始めても、
伯爵の目は窓の外を見つめたままだった

伯爵に向けた視線を手元の書類にもどし、
エグレッタの近況について報告を続ける



・・ヴェルニエ伯爵は、結婚式の前の段階から
マクシミリアン様については色々調査を重ねていた

考え込むような所作を見るところ
なにか思い当たる節があるらしい。



伯爵の視線の先には、
見えているのかもしれない。

・・これから来る、嵐の大きさが―― 
 
 
By 従僕・トマ | Time : 11:30 | CM : 0 | TB : 0
2010.02.06 Saturday


庭は元通りの
青薔薇の庭園にもどり

マクシミリアン様と庭師のアレクさんが
パーティーに向け館を出立した


主なきしばらくの期間は
スヴェンさんが館の全ての仕事を
取り仕切ることとなった

アリーヌさんの来訪依頼
彼の仕事は随分と捗っているようだ
諍いなどのエラーのない館の中で
彼の手腕を遺憾なく発揮している

あらゆる意味で やはりとても有能なのだと思う


執事・リュシアンさんは
あれからも姿を見せることなく
ほぼ変わりのない日々が続いている

リリィ・テイラーのオーナー
リリィ嬢の訪問には応じた様だが
やはりそれ以外に彼が口を開くことはないようだ


・・・<今日も特筆すべきことはなし>・・・


―手帳にならんだ繰り返されるこの一文に
すこしだけ溜息をついて手帳をとじた
 
 
 
By 従僕・トマ | Time : 17:36 | CM : 0 | TB : 0
2010.01.24 Sunday


バレンタイン・・・か――


マクシミリアン様が私たち使用人に
チョコレートを振舞ったのは
恐らくそういう習慣に則ったものではなく

部下のスヴェンさんの仕事が
滞りなく進むための計らい
だったであろうことが伺えるものの・・・


そもそもは

ローマ近郊の司教・ヴァレンティヌス―

結婚できない兵士たちを哀れに思い
皇帝の命に反し秘密に結婚をさせて
処刑された彼の殉教日にちなんだ祭日

というのがヴァレンタインの通説


ご当地のイタリアでは
宗教行事の一環にあたり

愛を告白する日ではなく、
恋人たちが愛を確かめ合う日だそうだ

だから、恋人同士、もしくは夫婦同士など
すでに決まった相手同士で
プレゼントの交換をするのが一般的と聞く


独り者には本来縁のない日、と考えると
少し自嘲気味な笑いがこみ上げてくる



でも、こんなにも仕事が円滑に進むのなら・・・

―この形のバレンタインも、悪くないと思った



もっとも、ここエグレッタでは
使用人同士の恋愛は禁止とされているから

これ以上この祭日に振り回されることも
ないのだろうが・・・


庭をピンクに染め上げるただ一人だけは

もうしばらくこの余韻に浸りそうだと思った

By 従僕・トマ | Time : 17:01 | CM : 0 | TB : 0
2010.01.16 Saturday


女性というのは不思議だ

甘いものに非常に敏感で
不思議なほどに感激する――


マクシミリアン様が招待を受けた
仕立て屋 リリィ・テイラーの
バレンタインパーティー

そこで料理に腕を揮うヌーベルキュイジーヌの
パティシエを一人、お迎えすることになった


マクシミリアン様から使用人の皆への気遣で
スイーツを振舞ってくださるとのこと・・・



―ヌーベル・キュイジーヌの名は
 ヴェルニエ伯爵の口からも
 聞いたことがある

カミーユさんとヘイリーさん
お二人の結婚式のときも、彼らの
ウェディング・ケーキを手配した

お客様にも評判がよかったのを記憶している



この件が伝えられてからは
仕事がやけにスムーズに進むようになった

特に女性陣の仕事への打ち込みといったら・・・

エリーズさんやパトリシアさん、
そしてアレクさんを中心とした
小競り合いも、ここ数日はかなり
穏やかになったように見える

流石 女性の扱いに慣れている
ということだろうか



しかし

伯爵やご夫人も、誰もが
夢中になるというそのスイーツ

・・・私も気にならないといえば嘘になるな・・・



そろそろやって来る頃だろうか・・・?
By 従僕・トマ | Time : 14:53 | CM : 0 | TB : 0
2009.12.30 Wednesday


静まり返った屋敷


スヴェンさんが館の指揮を
取るようになってから
ここ数日は穏やかな日々が続いている


―館の様子に、今日も異常なし。

伯爵への報告は今でも欠かさない
当分大きな変化はなさそうだが・・


・・・彼らにとっては
以前よりもやり易いのだろうと思う



そんな中

どうしても理解し得ない
予測外の人物が一人だけいる


イレギュラーな行動
奇想天外な発言

どれだけ近づいても理解できず
他の使用人とは違い 私の笑顔を
唯一そのままに受け取らない人物・・


アレクサンドリーネ・ヴィクトワール・ジルベルスタイン・ザ・サード


彼女もまた館付きの使用人で
かなり有能な庭師として名が高い

エグレッタ・サクラに咲く幻の青バラは
代々伝わる一子相伝の技術によるものとも聞く


風変わりな風貌と独特な物言いで
周囲を混乱させている場面を
多々目撃するが

彼女を唯一うまくあしらえる人物が、一人・・


今日も彼女が
その人の名前を呼びながら
走ってくるのが聞こえる


・・・楽しいことになりそうだ

By 従僕・トマ | Time : 11:24 | CM : 0 | TB : 0
2009.10.24 Saturday


結婚式は無事に終わり
マルグリート様はエグレッタを去った

ヴェルニエ伯爵と共に御実家へ―


誰にも告げず
誰にも気づかれぬよう
館を去ったマルグリート様


それら全てのことが最後まで円滑に進むよう
このエグレッタ・サクラに配置された私


・・・ヴェルニエ伯爵に任されていた任務はここまでだ


これからの当主はマクシミリアン様となり
私の仕事も、もう一段進んだものとなる


ここからは自分で状況判断をし
自分で行動計画を練っていかなければならない


・・・・・ただし、今まで通りとはいかないだろう


事の次第を 伯爵以外に唯一把握していた人間ともなれば
今度こそ周りの眼に誤魔化しも効かない


少し厄介ではあるが・・・


・・・いや、大丈夫だろう

毎日の館の仕事も、落ち度のない様
完璧にこなしてきた

自分に対する周囲の評価はさほど悪くないはずだ



―先方にはもう正体の一部を知られてしまった

だからこそ

これからはむしろ気軽に仕事に打ち込むことが出来そうだ

 

マルグリート様のあの手紙で
計画の上を行かれていたことに初めて気が付き

やっと人間らしい表情を
垣間見せてくれたスヴェンさん―――


貴方ともうまくやっていけそうだ
 
  
 
 
 
By 従僕・トマ | Time : 22:30 | CM : 0 | TB : 0
2009.10.06 Tuesday


・・・私が・・・?


ええ、そうです。
このエグレッタ・サクラでは
祝い事など 屋敷の節目に合わせて
タンゴを踊ることになっています

トマ 貴方にもぜひ覚えていただこうかと・・・


そう・・ですか・・・
ですが、
私は生憎ダンスというものは不得意で・・・


曖昧な笑みで何とか逃げ出そうと試みたが
エグレッタ・サクラの有能執事は
この人好きのする笑みに騙されてはくれない

掛けているメガネを細い指先で押し上げ
艶やかな笑みを浮かべている。



ああ、拒否権はないのだな・・・



結婚式の準備で忙しいというのに
その上 タンゴまで覚えろとは・・・・

ここまでそのタンゴに執着する執事も執事だが・・・
まぁ屋敷付きの執事ならばそれも有りか



ああ、はっきり言うよ。
ダンスは不得意なんだ。

こればかりは仕方ないと思わないか?


まあ、仕事の出来る人間と思わせているんだ
ダンスが踊れないという多少の可愛げがあった方が
良いのかもしれない



さて、私にエグレッタ・タンゴを指導してくださる先生はどなたかな?

そして私のパートナーは・・・



仕事とは別に楽しくなってきたな。


By 従僕・トマ | Time : 11:44 | CM : 0 | TB : 0
2009.09.18 Friday


慣れない仕事は疲れる


そうは見えないって?
それは・・・

そう見えないように努力をしている所為だろう



「トマ?」


あ、はい。
申し訳ございません、少しぼうっとしておりました。



今はヴェルニエ伯爵に呼び出されている最中、
いけない、いけない。
姿勢を正して伯爵に向き合う。

人の良さそうな表情を私に向けて、香り立つ紅茶を一口・・・

そうそう、ここにきて紅茶の入れ方がうまいと褒められた。
私的には紅茶よりも珈琲の方がいい。


「どうだい、トマ。ここでの生活は…随分慣れたようだね」


ええ、大分慣れました。
仕事ではまだまだ覚えることも多々あり、とても勉強になっております。


確かにここでの仕事は勉強になる。
人好きのするこの笑顔は誰にも有効らしく、
皆、私に都合の良い様に接してくれ、
とても…仕事がはかどることは確か。



「何か気になることはあったかな?」


他に与えられた仕事内容の報告をせよ、そう言われ、少し考え込んだ。


今のところ・・・
誰も気がついてはいないかと思いますが、
どうも私の事が、皆さん気になるようですね。


あまりにバカバカしくて皮肉った笑みを浮かべた。


この屋敷の住人はもっととても優秀な方が揃っているかと
そう思っておりました。


「手厳しい事だ。その方が事がうまく進むだろうに、やり甲斐はないのかな?」



いえいえ、とんでもございません。
とてもやり甲斐はあります。
むしろこんなに事が進めやすくてよいものかと…

ああ、一つ気になると言えば…
スヴェンさん…
あの方だけは油断ができません。

私と同じ匂いを感じます。


個人的に彼はとても好みだと思う。
自分と同じ匂いを感じ…

惜しいな、出来れば同じ立場に立ってみたかった。
いい好敵手、よき仲間になれたかもしれない。

が、しかし。

彼の眼には主人しか映っていない・・・

惜しいね、本当に惜しい。
どうして彼があの主人を選んだのか・・・不意に気になった。


「ではトマ。引き続きよろしく頼む」


かしこまりました。



ええ、伯爵。もちろんでございます。

極力目立たないよう
控え目な態度で仕事に臨むこと

他の使用人達の行動に常に気を配り
逐一、伯爵に報告すること

私に与えられた大切な仕事だ・・・

By 従僕・トマ | Time : 10:41 | CM : 0 | TB : 0
2009.08.24 Monday


エグレッタ・サクラ―


伯爵から事前に聞いてはいたが・・
成程、風変わりな館だ


個性豊かと言えば聞こえがいいが
一癖も二癖もある使用人達


父の友人でもある
ヴェルニエ伯爵たっての願いということで
この館にお仕えすることになった


伯爵から命じられたことは二つ


一つ目は、極力目立たないよう
控え目な態度で仕事に臨むこと



そして二つ目は、
他の使用人達の行動に常に気を配り
逐一、伯爵に報告すること


詳しい事情は知らされていない


その方が私としても助かる



まずは・・・そう、あの人が好さそうな
フットマンのカミーユと仲良くなることから
はじめようか



そう―
人好きのする、この笑顔で
By 従僕・トマ | Time : 20:00 | CM : 0 | TB : 0

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