2010.02.24 Wednesday


なにものとも交わらず
なにからも影響を受けず
なにひとつ変化のない私の日々―――


考えることももうなくなった


あの人と過ごした日々の思い出も
現実味のない記憶へと風化している。


唯一の執着物をなくした私が
考えることといえば、


<私>という人物のこと―――



私がいなくてもこの館の日常は
なにも変わりはしない。

私にとっては、この館に
仕えること それだけが
日常の全てだったというのに。



―――いま、
エグレッタ・サクラは
私を必要としていない。



・・・ふと、

幼い頃 父が遺した言葉を思い出した





「いつか、この屋敷の主が変わって・・
 その主がお前に自由を与えると言ったら・・・」





父から託された懐中時計に目をやる。


屋敷の主が変わったとき、か・・・
フ、と苦笑が漏れる。


たしかに、あの男であれば
今の 用済みのような私に
自由を与えることなど構いもしないのでしょう。


・・・今まで自分では思いもしなかった
父のその一言に、全身が奮える。



ベッドから足をおろし
服を着替える


身支度をととのえ
久しぶりの扉を開ける




・・・気持ちにもう迷いはない。





廊下をまっすぐに進む。
主・マクシミリアン様のお部屋へ―――




父の言葉が、脳裏に鮮烈に蘇る。










「いつか、この屋敷の主が変わって・・・・
 その主がお前に自由を与えると言ったら・・




・・・迷わず、この屋敷を出なさい。」
 
 
 
 
 


By 執事・リュシアン | Time : 15:45 | CM : 0 | TB : 0
2010.01.15 Friday


遠慮がちに扉を叩く小さな音が
暗い部屋に響く。


―――誰・・・?


いや、誰であろうと、そんなこと
今の私には関係ない。


そう、あの人でなければ意味がないのだから。



しばらくして再び扉を叩く音がした。



仕方なく返事を返す自らの
掠れた声に驚く。



―――前に声を発したのはいつのことだったか?



それすらも思いだせない自分に苦笑する。




『リュシアンさん・・・』


聞こえてきたのは心配そうなリリィお嬢様の声。


挨拶をしようとベッドに起き上がった瞬間
襲いかかる眩暈と吐気。



『大丈夫ですか?』


大丈夫だと言いかけて
説得力がないことに気づき
その言葉を呑み込んだ。


穏やかな声と労わるような表情で
話しかける彼女。


その度に口を開くが
返す言葉が見当たらない。


『お大事に・・』


そう言って立ち去ろうとする彼女の背中に一言



―――ありがとう・・





By 執事・リュシアン | Time : 14:04 | CM : 0 | TB : 0
2009.12.25 Friday


何故、私は生きているのだろう・・・・・


意図せず繰り返される呼吸。

この傷ついた心とは裏腹に
命をつなぎとめようと必死な身体。


人は皆、泣きながら生まれ、
苦しみながら死んでいく・・・・・

それならば・・
結末がわかっているのなら
今、生きている意味などあるのだろうか。



この世に神が存在するというなら
どうか教えて欲しい。


何故、このような苦しみが存在するのだろう・・・・・



もう、何も見ない。
もう、何も望まない。


だから、どうか
このまま



目を閉じたら、明日の朝がやってこないよう
ただ静かに祈るだけ。






By 執事・リュシアン | Time : 22:08 | CM : 0 | TB : 0
2009.10.28 Wednesday



「あなたは、常にあなたの妻を愛し、
 死が2人を分かつまで、健やかなるときも 病むときも
 あなたの妻に対して堅く節操を守ることを誓いますか?」

「はい・・・誓います」





そんな言葉は聞きたくなかった。


音の波となって 神の耳に届いてしまっていたとしても、

時間を巻き戻して すべて打ち消してしまいたかった。



リリィ・テイラーに頼み込んで作らせた
真紅の薔薇のドレス。


少しでも繋ぎ止めたくて、悔しさを堪え あの小娘と似たような形のドレスを・・・・・




赤の薔薇の花言葉は


真実の愛

愛情

情熱・・・・・




立場を捨て、恥を捨て、全てを懸けて貴方に臨んだ



自分でも不思議な程の情熱に突き動かされ

神への冒涜と咎められようが 退く気はなかった



 

けれど貴方は・・・・・・・



・・・最後まで貴方らしかった



 

今頃貴方は私の知らない景色を見
私の知らない故郷での昔話に話を咲かせ
私の知らない表情をあの小娘に見せているのだろうか


彼はもう私の手の届かないところに居る。



見ることすら叶わぬ、決して 手の届かないところへ・・・・




―――身体が重い

貴方のために

あんなに軽やかに踊った足が腕が手が


今はもう動かない



ニコラの声が遠くに聞こえる・・・なんと言っているのだろう

ああ、暖炉に火をつけたままだったかもしれませんね


・・今はどうでもいい





なんだか疲れてしまった




今日はもう、誰にも会いたくない




夢の中で、あの人にすら・・・・・・・


 

 
 
By 執事・リュシアン | Time : 22:45 | CM : 0 | TB : 0
2009.09.25 Friday


ああ、セルジュ。探しましたよ。


そんなところでフラフラしているとは・・・
随分と、暇そうですね。


では、私の言いつけを完璧にこなして尚、余りある時間をどうやって屋敷の為に使おうか考えていた有能な坊やに・・・

もう一つ用事をお願いしましょうか。


式に参列するメイドの採寸を行っているリリィ・テイラーたちを探して、深紅の反物を届けるよう伝えなさい。

テーブル装飾の布が不足していますから至急に、と。


いいですね?




ついでに、あの庭師のバ・・いやアレクに言って、【黒薔薇】を一輪。



・・・・おめでたい日に黒い薔薇は不吉ですって?



ふ。・・・とんでもない。

エグレッタの使用人足るもの、無知は罪ですよ。セルジュ。



よいですか、黒薔薇の花言葉は『決して滅びることのない愛』。


まさにウェディングのための言葉でしょう。




さあ、何をボンヤリと突っ立っているんですか。
用件が分かったら、さっさと行きなさい。








・・・・・・さて、私も準備に取り掛かりましょうか。

人生で一番輝く幸せな二人に、最高級(グランドール)のおもてなしを・・・・




そうそう、セルジュに伝え忘れました。


花言葉には表裏2つの意味が存在するのです。

例えば、誰かさんを「社交的」と表現するか、「不貞」と表現するかのように。




黒薔薇のもう一つの花言葉。



隠された意味は・・・





『貴方は私のもの』





By 執事・リュシアン | Time : 10:35 | CM : 0 | TB : 0
2009.09.04 Friday


式の準備に忙しく使用人が行きかう大広間で、彼の姿を探す。



部屋にもいなければ、持ち場にも姿はなく・・・



ようやく見つけてみれば、自分が頼んだ仕事とは別件に掛かりきりになっている。






あの男、一体何を考えているのか・・・



下らない呼び鈴がピタリと止んだかと思うと、今度は何かとカミーユを書斎に呼びつけている様子。


有閑貴族の気まぐれには付き合いきれない。






「いない・・・。」


軽く頭痛を感じて天井を仰げば、ヴェネチアングラスのシャンデリアが瞬いている。




『あ、カミーユさん!どこへ行っていたんですか!』


セルジュの声に振り向くと、フットマンが大広間へと入って来た。

マクシミリアン様の仕事でな、と困ったような笑顔を浮かべたカミーユに近づき声をかける。


「カ・・」『カミーユ。』


被せるように背後から聞こえた声に眉を寄せると、ネコの様にしなやかな女が歩み寄ってきた。



『カミーユ。マクシミリアン様がお呼びよ。』



またですか・・・と、肩を落としたカミーユを出口へと促し、振り返った秘書が艶やかに微笑む。


『ちょっとカミーユをお借りするわね。』


「・・・別に断らなくて結構です。」


『ふふ・・そう。』


蠱惑的な香水の香りと口端に浮かぶ余裕が、妙に癪に触る。




広間を出て行く大きな背を見送り、小さく息を吐き出した。







タイムリミットはシャンデリアが燈る夜。





私にはもう時間がない・・・
















By 執事・リュシアン | Time : 22:52 | CM : 0 | TB : 0
2009.08.19 Wednesday


『・・カミーユ。』


「はい・・・?」


『あ・・・私は・・・やはり結構です。』




部屋から出て行く背中を静かに見送ると、傍にあった燭台を手にとった。


屋敷で使用人の婚礼があるのならば、用意しなければいけない物はたくさんある。

ヴィルトールの名にかけて、何一つ不備のないようにしなければ。



たしか屋敷の地下室に、純度の高い銀を惜しみなく使った最高級のカトラリーがあったはず。


これから確認してきましょうか。




ええ、私は冷静ですよ。


パーフェクトにね・・・。



By 執事・リュシアン | Time : 21:13 | CM : 0 | TB : 0
2009.08.05 Wednesday


「・・・いい加減、用がないのに呼ぶのを止めてください。仕事に差し支えます。」


顔に涼しげな笑みを浮かべたまま、一向に意に返す様子のない相手を睨んだ。

憎しみで人が殺せるのなら、この放蕩な男の墓は、すでに数百単位だ。



「・・・手を離してください。持ち場へ戻ります。」







返事を聞かず、踵を返して部屋から出ると・・・あの低級な庭師が落としていったのだろう。



愛人の書斎へと続く廊下に、薔薇が転々と落ちている。




「また余計な手間を・・・」


苦々しく一輪拾い上げると、ふわりと甘ったるい香りが漂った。





真夏でも、どことなく冷たさを湿気を含んだエグレッタに咲く、貴重な『夏薔薇』。


花びらの巻きこそ少ないものの、その淡く優しい花色に惹かれる者も多いという。





・・・・・馬鹿らしい。


四季咲きの大輪に比べ、貧弱な季節外れの薔薇を『可憐』と表現するなんて馬鹿げている。


完璧なブルー・ローズに勝るものなど、一体何処にあるというのか・・・






つい力をこめた拍子に、たやすく壊れた花弁が手袋の間から落ちていった。







掴もうとすれば脆いことは、ずっと分かっていたのに・・・・





こんな形で失うことになろうとは。





By 執事・リュシアン | Time : 15:27 | CM : 0 | TB : 0
2009.07.27 Monday


ガスパール伯爵様とアルマン殿が屋敷に到着されてからというもの、
気を抜くことが許されない状況が続いています。


伯爵様は勿論、わが当主マルグリート様のお父上ですから、
最高のおもてなしをしなくてはなりません。

そして、アルマン殿の接待は・・・
恐れ多くも、執事としてのプライドをかけた、目に見えないデュエルの場でもあります。


畏敬の念があればこそ、引くわけにはいかないこともあるのですよ。ふふ・・

そう・・・ヴィルトールの名にかけて。


邸つきのヴィルトール家は、主に一生の忠誠を捧げる他の城の執事とは違いますから、
「執事」を名乗るのは異端との声もありますが・・・

果たしてアルマン殿はどうお考えか・・・



ふ・・・私には知る必要もないことですね。

誠心誠意を込めて、客人に最上級のおもてなしを。





それにしても、
最近、メイドたちの間でまことしやかに流れるあの噂・・・・


まさか本当ではないでしょうね。



しかし、あの小むす・・いえ、ヘイリーの薔薇色に染まった頬を見ていると、
嫌な予感がする。



一体、あの能天気な娘のどこに私が劣るとでもッ・・・



『ガタン。』


なっ・・!?なんですか、クローディア。
突然現れるので驚きましたよ。



私に何か・・・ああ、アルマン殿がご出発になられるのですね。



直ぐに行きます。

By 執事・リュシアン | Time : 16:00 | CM : 0 | TB : 0
2009.07.14 Tuesday


ヴェルニエ伯爵を迎える準備に忙しい中、
カミーユが沈痛な面持ちでやって来たと思えば・・・


マクシミリアン様のカップを割ってしまったとのこと。




ほぅ・・・貴方が、ね。

これだけ大きい破片ならば、随分と低い位置から落としたようですが。




まぁ、いいでしょう。

金彩細工では修復も難しいですし、これはこのまま処分して、新しいものを手配しましょう。




さあ、そろそろ伯爵がお着きになるので、
貴方はすぐに持ち場に戻ってください、カミーユ。



・・・途中の『寄り道』は為になりませんよ。



では、後ほど。








それにしても・・・

ドイツの名窯マイセンの金彩小花を割るとは、いい度胸ですね。



この柄と細工は希少価値が高いのですよ、

・・・・・セルジュ。




後でマクシミリアン様にもご報告して、謝罪せねば。


あの書斎に行くのは、実に気が進まないのですが・・・・



ただでさえ、用事ともいえない理由で何度も呼び出されているというのに。








深いコバルトブルーの破片を忌々しく眺めていると、
遠くから私を呼ぶニコラの声が・・・






どうやら、お着きになったようですね。

By 執事・リュシアン | Time : 10:55 | CM : 0 | TB : 0

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